『路地裏のウサギ』

〜side:Ogna〜


 他人と交わることを知らなかった。
 俺には戦うことがすべてで、目の前の人間は誰であろうと斬り捨てる、それだけが存在意義だった。
 父親がそれを望んでいたから、応えるためがむしゃらになっていた。
 人を斬って足がすくんだのは初めだけだ。気がつけば感情が揺れる暇もなく相手は倒れ、そのまま動かなくなっていた。
 目の前で地面に吸い込まれていく赤黒いものを見るたび、脇腹に埋め込まれた塊が脈打つ錯覚が起きる。その時だけは深呼吸でやり過ごすのが当たり前になっていた。
 けれど傀儡の自分が仲間を得て変わった。死んだはずの感情が、日々息を返すのがわかる。
 気の置けない連中と衝突して、悪ふざけをして……そんなこと許されるはずがないのに、ここにいたいと思うようになった。執着を覚え始めていた。
 ふっと天を仰ぐ。風が頬を凪ぎ、のどかな風景が逆に独りでいる事実を突きつけた。
 気づかないふりで目蓋を閉じるといつもの闇がそこにある。逃げ込んであいつを思えば、まぶしいほど力強い金の姿が鮮明だ。
 いもしない影に精一杯の笑みを浮かべても、頬がひきつってみっともないだけに終わる。いつからこんなにも弱くなったんだろう。
 あいつのせいだ。
 いつも飄々として人を食ったような態度で、勝手にテリトリーへ割り入ってくる。追い出そうとすればスルスル逃げてもっと奥まで暴こうとする。
 そのくせ自分の弱味なんか見せないところが腹立たしい。
 だけどあいつはいつだって欲しい言葉をくれる。弱気になった時に根拠のない自信で、どうにかなると思わせてくれる。
 まるで理解できなくて、気がつけば目で追うのが当たり前になっていた。
 きっと初めからあいつは俺にとって特別な相手だったのだろう。
 天帝の皇子ではなくオグナノタケルとして認めてくれるのはあいつだけだ。
 何気ない一言で心が揺れて、何気なく向けられた笑みで心臓が跳ねて、そんなヤツは後にも先にもあいつしかいないと断言できる。口元が自嘲に歪んだ。
 傀儡に初めての感情が芽生えた。あいつといると平静でいられなくて、胸の奥になにかが渦巻いている。
 それは時に温かく時に冷たく波を立てる。心地よかったり居たたまれなかったり、すべて、あいつが教えてくれた。
 戒めるため唇をぎゅっと噛みしめる。幾十、幾百の血でぬれた手で、求めることなどかなわないんだ。
 ……お前に会って初めて知った。
 この痛くて、愛おしくて、苦しい心。
 だから……さよならだ。
 イズモ。



〜路地裏のウサギ〜



 闇の中をたゆたい、うつらうつら意識を手放したり引き寄せたりしていると、ふいに背筋に寒気が走った。
 それはわき腹へたどり着き、全身に熱が伝播する。俺の体に埋め込まれた忌まわしいものが覚醒した。
 ひとつ脈打つたび力を増しているようで、反射的に手の平で押さえつける。こめかみを冷や汗がすべった。
 たまに、こいつは生きているのではないかと錯覚することがある。
 見えないところで俺の体に根を生やし、心を食らって成長していく。いつか取って代わられるんじゃないかと恐怖が消えない。
 今ここにいる俺が、どこまで俺自身なのかわからない。
 土霊器が孵化したら、俺はどうなるのだろう?
 想像だけで息が上がり心臓が早い。自分があせるどこいつはほくそ笑んで成長を速める気がする。
 鼓動が耳鳴りを起こす。どくんどくん、と合間を縫って、ひび割れた声が笑っている。
 殺せ。殺せ。殺せ。
 耳障りなしゃがれ声がくり返す。息苦しい。
 全身に脂汗が浮かび、腹はえぐられ首をしめられる。のど元を細く空気が抜けた。
 殺せ。殺せ。殺せ。
 朦朧とする意識の中、土霊器だけが存在を強め、徐々に人の形を成していく。
 それは俺の姿を真似た木偶で、寒気がするほど冷たい眼差しを浮かべている。
 殺セ。殺セ。殺セ。
 くり返す声はいよいよ大音量となり、闇とともにすべてを飲み込もうとする。
 と、かすれた視界にひとつの光が現れた。どうにか目を凝らせばイズモの後ろ姿だ。
 見つめる土霊器の目に狂気が宿り、歪んだ唇が『殺セ』と笑った。
 刹那、全身を戦慄が突き抜けた。
 嫌だ、嫌だやめろ、イズモ!
 必死に叫んでもイズモは振り返りもせずそこにいる。いつもの調子でのらくら歩いている。
 土霊器の殺気が細く研ぎ澄まされ、あと一歩のところまで駆け寄った。
 気がついたのかイズモが半分こちらを向いた。緑青の瞳が見開かれる。
 その目に映る殺人鬼は、木偶ではなく俺自身で……?
「逃げろ、イズモ……っ!!」
 手を伸ばした途端、すべてが光に消えた。
 見開いた視界に天井の木目が見える。背中には固い感触がして、耳鳴りの裏で鳥の声がする。
 真上に伸びた指が空を掻く。イズモも土霊器もどこにもいなかった。
 夢……なのか?
 上がりきった息を整えながら手を下ろせば、胸を突き破らんばかりの勢いだった心臓が落ち着いていく。背中にかいた汗は引いていた。
 まだ疼くわき腹を、そっと手の平で押さえる。
 違う、あれは夢ではない。近い将来の現実だ。
 ひとしきり黙ってから、這うようにして近くの柱へ移動する。背中を預けて、なんだか空が見たかった。
 俺はきっと怖いんだ。オオタラシと対峙した時とは別の恐怖が眼前に広がっている。
 いつか土霊器が孵化して、俺の体を乗っ取り暴走するかもしれない。
 心を食われた俺は、きっとイズモを傷つける。
 イズモだけじゃない、ミヤズもクマソも、蛇殻に生きるすべてを殺す。俺が執着するものこそ真っ先に狙われる。
 止められるだろうか。目の前で他ならぬ自分の手が、イズモを傷つける光景に耐えられるだろうか……。
 夢の光景がよみがえり、忘れるために首を振る。あの場面だけは見たくない。
 高く澄んだ空を見上げながら、息を吐くことしかできなかった。



 天帝国が滅んで数日、蛇殻では盛大な宴が催されていた。
 さんさんと降り注ぐ陽光と焚き上げられる炎が、競うように場を照らす。
 民の顔は晴れ晴れとして、本当に平和が訪れたのだなぁと他人事のように眺めていると、忙しいはずのミヤズが寄ってきた。手にした料理を強引に押し付けられる。
 木の根に腰を下ろした俺の隣へ躊躇なく並び、若草の目が細められて。
「オグナはこれからどうするんだ?」
 世間話の調子の問いに、一瞬思考が停止する。
 これから? これからって……これから、どうするのか?
「オグナ?」
 くり返される言葉が左右に抜けていく。答えることができなかった。
 オオタラシを討って天帝を滅ぼすことしか考えていなかったから、その先なんて想像もしていなかった。
 旅が終わったらなんて、もちろん考えているはずがなくて……。
 自分の思考に没頭しているとミヤズが立ち上がる気配がする。反射的に見上げた彼女は不自然な空気をまとっていた。あわてているようだ。
「すまない、変なことを聞いて」
「あぁ……?」
 結局答えずじまいの俺を残し、民の下へと駆けていく背中はやはりミヤズらしくない。妙だなと思いつつも頭は別のことに支配されていた。
 これから俺はどうするか、だ。
 憎むべき敵はもういない。俺の旅は終わってしまった。
 それはつまり、イズモらとともにいる道理がなくなったということではないだろうか?
 かくり、と力が抜ける気がした。がやがやした喧騒がやけに遠い。
 何をやっているんだ、早く逃げないと。
 夢の光景がうるさいほど脳裏をかすめ、イズモへ迫る己の影がよみがえる。あれは間違いなく俺自身だ。
 イズモノタケルを殺すのは、オグナノタケルなんだ。
 背筋を寒気が走った。唇を噛みしめ、先延ばしにしていた決断を下す。
 あいつを傷付けたくない、他でもない俺が耐えられない。ならば離れるしか道はない。
 幸い今日は宴だ、ひとりくらい消えても気づかれはしない。
 出立するなら今がいい……。
 引かれる後ろ髪を振り切り、あいつから離れろと何度も言い聞かせた。
 あの夢を現実にしないためにはそれしかないんだ。
 緩慢な動作で立ち上がり、宴に背を向け歩き出す。ゆっくりゆっくり、この風景を焼き付けるよう深呼吸で見渡した。
 そうしてよそへ続く街道へつく頃、ふっと背後に気配を感じた。半ば確信を持って木の枝へ飛び移ったなら、俺の名を呼びながらあいつが現れる。探しに来るのではないかと密かに期待していた。
「オーイ、オグナー。いたら出てこーい」
 短い草を踏み分け、金の影が真下を過ぎる。たまに「おっかしぃなぁ」とつぶやき頭を掻いているのが、あまりにもらしかった。
 一歩二歩、遠ざかる背中を息を殺して見つめる。心が揺れないよう無理する俺に感づいたのか、長いこと連れて歩いているカラスが小さく鳴いた。
 どこか咎めるように聞こえ、のどを撫でて機嫌をとる。
「ああ、いいんだ」
 出て行くわけにはいかないんだ。
 もう一度だけイズモを見やる。何度もあの背中に救われた、勇気付けられた。
 きっと生涯、俺が命を預けられるのはあいつの背中しかない。
 ここから旅立つ勇気をもらい、最後の最後で笑っていた。
 痛くて苦しくて切なくてつらかったけれど、あいつに出会えた運命に感謝した。
 イズモ。
 ……さよなら。



 つかず離れずの空を飛んでいた相棒が、黒い羽でいっそうの上空へと漕ぎ出した。緑の芽吹く季節になったからか、最近カラスの散歩が増えた気がする。
 そのうち戻ってくるだろうと踏んで、伸びている道をただ進む。当てのない旅も三年続ければ困ることはなくなった。
 蛇殻を逃げ出してから気づけば三年の月日が流れていた。
 かの国がめざましい復興を遂げていることは風の便りで聞いたが、金の髪をした泥冒険家の話はついぞ出てこない。糸の切れたタコのようなヤツだ、また別の宝を狙って東へ西へと飛び回ってるのかもしれない。
 今頃どうしているのかと、果てしなく広がる空を見上げ、自然に口が笑うのを自覚した。
 あれからもう三年か。あいつらと過ごした日々はいやに鮮やかで、つい昨日のことのように思い出すことができる。
 ずっと白黒の世界で生きてきた自分にとって、イズモといた時間だけが色を持っていた。温度と空気を感じることができた。
 今になってあいつがどれだけを占めているのか痛感して、会いたくてたまらない夜もある。
 そのたび脇腹に抱えた爆弾が疼き、殺せと笑うから振り向きはしなかった。
 どれだけ経てば忘れられるのだろう。息を吐いてうつむいていると、カラスの乱れた羽ばたきが聞こえた。
 闇雲に追いかける足音がすぐそこに迫って。
 ザッ、と藪から飛び出した影へ反射的に獲物を構える。目の高さまで持ち上げたところで緑青の視線と真正面からぶつかった。
 互いに見詰め合ったまま、息をするのも忘れていた。
 これは、夢か……?
 都合のいい夢だろうか?
 金の髪。緑青の瞳。生成りの服に淡い萌黄を羽織り、茜のたすきが冴えている。
 別れたあの日のまま、間違えるはずがない、こいつは。
「……オ」
 相手の唇に呼ばれかけ我に返る。ほとんど反射で逃げ出した。
「オグナ!! ちよっと待てって!!」
 嘘だ。嘘だ。お前がいるはずがない。嘘に決まっている。
 なのに追いかけてくる怒鳴り声はあいつのもので、どうしていいのかわからなかった。
 必死で走っても心臓が跳ね、手足がうまく動かない。
「なんで逃げんだよ!!」
 ぐわっと迫った気配にそのまま押しつぶされた。
 大袈裟に肩で息する体が真正面から覆いかぶさり、首筋と顎に金の前髪が何度も触れた。
 どこか嬉しそうな声が耳元をかすめる。
「やっとつかまえた」
 瞬間、胃の辺りから熱いものがせり上がり、歯を食いしばってこらえるしかない。
 どういう意味だ、今見つけてつかまえたということか、それとも……?
 思い込みだとわかっているのに、ついいい方へと想像が膨らむ。イズモが俺を探していたと、信じたい自分がいる。
 違う、偶然だと戒めるのに、往生際の悪い頭が必然だと言い張った。
 ずっとずっと土霊器のせいにして殺していた本音が、一時に決壊した。
「あ、ワリ、夢中になってて押しつぶしたな。どっか打って……」
 照れ笑いのイズモが上半身を起こし、驚いたように俺を見る。
 瞳に映る自分はひどく情けない顔をしていた。
「な……んで」
 涙に詰まった舌足らずの調子で、見当違いの八つ当たりしかできなかった。
「なんでお前がここにいるんだよ」
 限界とばかりにとめどなく涙があふれ、右手の甲で隠してやる。一緒に本音がボロボロもれた。
「お前に会わないと決めたのに」
 こんなみっともない姿を、イズモはどんな顔で見ているんだろう。
 呆れているか驚いているか、言いがかりだと腹を立てているかもしれない。
 けれどもなじる言葉は止まらなくて。
「そう思った途端会いたくなるなんて、存在の大きさに気づくなんて馬鹿馬鹿し……」
 ぐいと手首をつかまれ、なにかと訊く暇もなく唇が重ねられた。
 俺の弱音ごと受け止めるそれは、ただやわらかくて暖かい。
 少しだけ離れた先にある緑青は口付けよりももっとずっと優しかった。それだけで満たされる気がした。
 とさ、とイズモが再び体重を預け、静かに告げる。
「迎えに来た」
 肩から包むように抱きしめられて。
「一緒に蛇殻に帰ろ」
 イズモの匂いと懐かしいぬくもりに、恐怖も葛藤も忘れ「うん」と素直にうなずいていた。
 逃がさないため、背中へすがった指で上着をつかむ。イズモがいる事実に安堵した。
 涙でにじんで見えたけれど、その時肩越しに仰いだ大きな空が、少しだけ優しく見えた。
 それから俺が落ち着くまでイズモはじっと黙っていた。たまに髪を撫でたり抱き寄せたりはしても、なにも訊かずに待っていた。
 ようやっと呼吸と鼓動が戻ったなら、居眠りから目覚めたような仕草で立ち上がる。思い切り伸びをして、いつものこいつと変わらなかった。
「さーてと、出発するか」
 天を、前を向く緑青の眼差しは迷いがないのに、力強いそれを見ていると不安がよぎる。
 イズモに逢えてどうしようもないほど嬉しいのに、凌駕するほどの悪夢が襲う。あの日の光景がフラッシュバックする。
 自然と眉を寄せる俺に気づいたのか、ヤツは正面まで来てぽん、と頭に手を置いた。小さく肩がびくついた。
「どうした、何か不安か?」
 問いかける声音は優しさをたぶんに含んでいて。
「言わなきゃわからないだろ」
 同じだけの厳しさを持っていた。黙秘権は認めないと釘を刺された気分だ。
 今ここでなら言える。いや、今ここでしか言えない本音をぶちまけてやった。
「俺の体には死者の念が染み込んだ土霊器が埋められている。死者の念が俺の心を喰らい尽くせば、俺の力はきっと暴走する」
 最初の一言は震えたけれど、続きはすらすら流れ出る。この三年、幾度となく自分を戒めた呪いだからこそ身に染みていた。
 目の前の相手は否定も肯定もせずただ聞いていた。
「蛇殻には大切な仲間がたくさんいる。俺のせいで誰かが傷付くのは嫌だ」
 ミヤズもクマソも、ともに天帝と戦ったヤツらは全部かけがえのない仲間だ。
 あの国とそこに住む人間が好きだからこそ離れるしかない。
「イズモ、お前に対してもだ」
 桃源郷を自ら破壊するなんて、俺には耐えられないんだ。
「だから蛇殻を抜け出したというのに……ホントお前は馬鹿なヤツだ」
頭の隅でちらっと、このまま隠してついていこうかと企む自分がいる。
 それと同じくらい、イズモだけは傷つけたくない自分がいた。
 拮抗するエゴが戦って戦って、結局後者が選ばれる。寂しさと不安を秤にかけるのは蛇殻を脱したあの日以来だ。
 どくん、どくんと心臓がうるさい。こいつがどう思っているのか知るのが怖い。いいからついて来いと手を引かれるのも、仕方ないとあきらめられるのも嫌だった。
 俺はどうしてほしいのか、自分の気持ちがわからなくて持て余す。
 死刑判決を待つ囚人のようにうつむくのに、場違いなほど明るい審判が下された。
 過剰反応で飛び上がりかける。
「驚いたな、お前さんの口から”仲間”と言ってもらえるとはね」
 見つめたイズモはやけにすがすがしい緑青で天を向いた。なにかが吹っ切れたようだ。
 吹っ切られたのは俺だろうか?
「まぁ、お前の言い分もわからなくはない」
 自ら望んだ結末のくせにツキンと胸に棘が刺さり、平静を装おうとするほど表情が凍りつく。拳を握ってやり過ごすしかなかった。
「そっかぁ……」
 そうだ、それでいい。
 震える唇を噛みしめる。
 お前はここから立ち去れ。
 胃の辺りがぐるぐる気持ち悪い。
 そして二度と。
 立っているのが精一杯で。
 ……俺なんか探しに来るな……。
 ひとつひとつ、呪いの言葉で縛り付けるたび全身が反抗する。
 お前といたい、それだけの望みすら忌まわしい体が邪魔をした。こんな凶器にした父をあの時以上に恨んだ。
 それ以上にここまで執着させたイズモが憎くて、憎くて……好きだった。愚かしいほど大切だ。
 やるせなさに走り出そうとした瞬間、やっぱりのんきに元凶が話しかけてくる。意図がまるでわからなかった。
「それじゃあ探しに行くか」
「?」
 振り向いたイズモはひどく無防備に笑う。予想だにしない言葉が続けられた。
「お前の体なおす方法、探しに行くか」
「な……」
 すぐには反論が出てこなくて、やっと出た言葉は上ずっている。無茶を言うのはそっちなのに、まるで俺が駄々をこねている錯覚に陥った。
「何バカなことを言ってる!! そんな方法、あるかもわからないというのに」
「わからないぜ」
 根拠もないのにイズモは自信満々の眼差しで先を見る。続いている道のずっとずっと先を見据える視線は、それだけで信じるに値すると感じられた。
「神の剣を見つけたくらいだ、その方法だってある気がする」
 ふっと視線を和らげ、おどけた調子へ戻って笑って見せる。
「直感だけどね」
 瞬間、肩にのしかかっていたすべてがなくなった気がした。あっけないほど簡単だった。
 そうだ、この男は俺が捨てられないでいるガラクタを横から取り上げ、ひょいと捨ててしまうようなヤツなんだ。それどころか「後生大事に取っておいても邪魔なだけ」とか、叱るような俺様だけれど。
「負けだ」
 ため息しか出ないその関係は決して不快ではなく、むしろ心地よくて。 
「俺の負けだ」
 降参だ、お前の口八丁に勝てるわけないんだ。
 ぽすんと胸に体重を預け、顔が見えないよう一世一代の告白を決めた。これくらいの余裕は見せたいだろう?
「間違っても俺に殺されるな。それがお前との旅の条件だ」
 付き合ってやるのはこっちだと、言いたいことだけ言って背中を向けた。
 素直に認めるのは癪じゃないか。
「わかったらとっとと行くぞ」
 斜め後ろに立ち尽くすイズモは、きっと俺が耳も首も真っ赤に染めていることを知っている。そして俺はどれだけ足掻いても勝てないことを知っている。
 悔しくてムカついて腹立たしいのに……嬉しかった。強張った頬が緩むほど嬉しかった。
 イズモの言葉はすごい。あれだけ囚われていた呪縛をあっさり解いて連れ出してくれた。
 この体をなおせるだなんて考えたこともなかったのに、その上本当に現実のものにしてしまうかも、そう思わせる力がある。
 こいつとならどこまでも行けるだろうか。俺が欲しかった居場所だとか温もりだとか、こいつならくれるだろうか。
 盗み見たイズモはひどく穏やかに笑っていて、俺まで安心してしまう。心底かなわないと思った。
 天を仰げば気持ちのいい青空だ。前途洋々だと緑青が笑う。
 イズモ。
 始めよう、二人の旅を。
 納得できるまで迷って悩むから、しばらくお前も付き合え。
 それから蛇殻に帰っても遅くはないだろう。



*終わり*



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有塚が2007年春コミの時に発行した『路地裏のウサギ』を、
かずきんぐ様が小説に起こして下さいましたvv
自分の描いたものがこんなにも素敵に小説にされるなんて・・・別物のようです(≧m≦)
かずきんぐ様、どうもありがとうございました!!!!!!!